
1ケ月前の京都三千院のお庭。
写真まで手が回らなくていたけれど、それでもそろそろと手を付けました。
今のところブログをアップするのも最小限の時間しか掛けられないので、写真もボチボチかもしれません。
皆さんの写真を見させていただいてほんと自己嫌悪に陥っていました(笑)
また十九夜様のお話で恐縮ですが・・・・・。
1年ほど前のことです。
ゴミの集積所とそこに続く一画に、お地蔵様と十九夜塔と数本の植栽があります。
集積所の管理は本来なら係がいるのですが、なかなか掃除と草取りが行われていませんでした。
ある日、近所のお年寄りがやっているのを見て、そろそろやらねばならないなと始めたのが、8年位前。集積所とその一画です。
友人たちとの食事会の折、十九夜さんのお当番が十九夜塔の掃除をしてはどうかと提案しました。
そしたらなんと、そこにあるのは十九夜塔ではなく、十九夜塔は別の場所にあると言うのです。
まあー、驚愕でした。当然掃除の話は消えました(笑)
私は何十年もそう思っていました。
友人とは、十九夜さんのお当番が一緒でないので、今までその現実に出会わなかったのです。
恥ずかしくて、ひと様に言えませんでした。
しかし、友人が言った場所には庚申塚はありますが、十九夜塔はないのです。
なんだかよく分からない四角の石がありましたが、とてもそれがそうとは思えませんでした。
昨年から、掃除は係に振りました。
その一画も当然と思いましたが、手が付けられませんでした。
さすがに十九夜様になるのにそのままにできませんし、植木の剪定もしなくてはと先日始めました。
それを見た近所の先輩が手を出してくれました。
その時、お聞きしました。
そしたら、十九夜塔は以前の場所からここに移設をしたのだそうです。
そしてお地蔵様も。
お地蔵様は構造改善事業が行われた時に、田んぼの縁に合ったものをここに移設したのだと。
納得しました。
このお地蔵様が立っていた場所は、亡くなった人の寝具などを焼く場所だったそうです。昔は家で長く病んでいた方がいましたからね。
構造改善事業が行われた時期から推察するのと、昭和50年前後です。
友人は、ここで生まれた方ですので、子供の頃の記憶がインプットされていたのですね。
でも、友人たちのお当番の時は、庚申塚にお線香を上げていたのかもしれません。
お線香あげるのは若い人たちのお役目だから、あそこへと言われて行っていたのかもしれません。
十九夜塔には如意輪観音と掘られているので・・・・・。
やっと胸に落ちました(笑)
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