出勤途上の交差点。
信号待ちしていて、右折のアンカーを出した私の後ろの車、きっとチェッと思ったろうな。対向車線がいっぱいだからね。
それが終わる頃、信号脇のコンビニから出た車が加わった。
えー、と私も思ったわ。
そしたらライトを点滅させて私に先に行けと。
おーラッキー。
朝から幸せ気分になっちゃった。
信濃毎日新聞の2月7日の一面(旅行の後で新聞がたまっていたから、今頃)に
「五輪開幕 長野から考えることは」とあった。「夢育む環境 持続のために」
全競技放映しますというNHK。日本人がいない競技多いもの。
以下記事から
1998年長野五輪の後、6度の冬季五輪がひらかれているが、だんだん長野から送り出す選手が少なくなっている。
要因はさまざまだが、そもそも足元が揺らいでいる。
県高体連によると、15年度はスキー、スケートの競技登録者数は245人。24年度は176人まで減少。
特にスケートの減少幅は3割を超え、昨年12月の県高校大会のスピードスケートは3種目で出場者が10人にも満たなかった。
競技人口減の背景には、用具や長期遠征などの費用負担の大きさがあり、物価高も追い打ちをかけている。
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佐久は寒冷地だったから、私の子供時代は、田んぼリンクや池で滑れた。
最初は下駄スケートで、4年生になった時靴スケートになった。
寒い間は、毎日のように授業で滑っていた。
私の子供たちは校庭リンクで滑っていた。
温暖化でなくなっちゃったわね。
スケート人口減ったっていうことね。
軽井沢のスケートセンターも10数年前に無くなった。
退職したら、フィギュアスケートを始めたいと思っていた私の夢は、そこで挫折(笑)
今は頼まれても、骨折が怖くて氷上には立てない。
世界の頂点に立つには、お金がかかっているのがよく分かった。
メダルを取った人たちが、今まで支えてくれた人たちに感謝の言葉を話す。
そうだろうな、並大抵の支えがなければ続けてこれなかっただろうから。
当然本人の努力が一番ではあっただろうが。
それにしても、競技がどんどんレベルアップしているわね。
よく猫のようと思ったけれど、今や猫以上に見える。
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