昨日の朝はマイナス13.3度とテレビが言った。
わー、この冬最低温度だ。
菅平はマイナス22度とか言っていたような。
関東に出ている孫娘が、この温度を言うと、人の住むとこじゃあないわとのたまう。
でもねえ、夏場はいいのね。
暖房器具が十分あるから暮らしていけるのだわ。
子どもの頃思い出してみれば、それはそれは寒かったのだろうけど、子どもは風の子だった。
ジャンパーが出てきたのは、小学校の3年生頃か。
それまでは、半纏着ていたような気がする。
田んぼリンクで下駄スケートで滑った後、いい氷にするために、バケツで川から水を汲んできてリンクに流したけれど、子どもって際限なく元気だったのね。
家の木戸は下り坂だった。雪が降ると、近所の子供たちとそり遊び。
もっとよく滑るようにと、水を撒いて凍らせた。
祖父に叱られたわね・・・・・歩けないって。
秋口に、自動全員で裏山に行って、ストーブの焚き付けを拾いにいった。
カラマツの枝かなあ。
薪は大人が割ってくれたけど、輪に入れたのは児童。
小学校の3年生までの分校時代の思い出。
4年生からは本校に、行きは1時間帰りは1時間半。
車なんてめったに通らない道、トラックが通ると手を挙げて止めて荷台に載せてもらって。
春が少し近くなると、道でなく、凍った川を渡って帰ってきたけど、親は知ってか知らぬか。でもみんな自分の身を守るという術は身につけていったと思う。
みんな兄弟姉妹のように大きくなったような気がするな。
マイナス10度を下ると、さすがに水回りの不具合の電話をいただく。
たぶん、建てて貰った工務店さんが、廃業されて困っていらっしゃる方が多いのでしょう。
会社のニュースレターでそんな方にお声掛けしています。困ったらお電話くださいと。
寒波が到来してから、設備担当は朝から晩まで飛び回っています。
本当に寒いのは2月の15日までと私は信じて、この寒さを耐えていますよ(笑)
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