雨・雨・雨。
なのに朝一瞬日が射しました。
朝日のチャッカリと女の細腕は当てにならない、ということわざがあったハズ。
最近の女性は細腕でなんていわないか。
朝食後、青大豆の餡を作るべく茹でたり、カボチャの従姉煮に、どういう訳か、採れすぎるゴーヤを佃煮にしていたら、雨が降っていないのです。
急いで身支度をして、庭に出て行きました。
まだ、刈り取れないアヤメや草花が残っているのです。
そしたらものの5分もしないうちに雨。
ポチポチし始めたけど、とりあえず刈り取りだけは済ませました。
後片付けは出来なかったけど。
う~ん、また止んだ。
ので、剪定ばさみを持ち出して、犬走りの前のツツジの剪定始めました。
犬走りを通る時、枝が気になっていたので、かなりバッサリとです。
思い出しました。昨年剪定を終えたうちの1本を、夫が「これ伐ろうか」と。
一瞬黙った私。それ言うなら剪定前でしょう。「来年にしてください」。
と言ってあったけど、あれどの木だったかなあ。
もう減らしたい一心の私。
昨夜、2週間かかって「ノモンハンの夏」半藤一利著を読み終えました。
重い中身です。
これを読むと、この時の戦争の実態がわかります。
当時、戦争を指揮していた人たちは、召集された兵士の命のことなど、露ほどにも気にかけていません。
いくらでも補充できたのですから。
だから国のトップがいかに大事だかわかります。
今の戦争見ていると、変わってきているけれど多くの兵士が亡くなっています。
軍隊という、上の命令は絶対という中で。
今世界は戦争を前提とした動きを見せているような気がします。
何かの調子に、戦争に巻き込まれないためには。
なんか方策ありますか?
国民はなんの意見も言えません、というか言う暇なんかないうちに事は始まってしまうでしょう。
その時、トップに立つのは、防衛大臣ですか、いえ大臣はお飾りです。
自衛隊が出て来るでしょう、そしてアメリカが。
ノモンハンの夏を読みながら、国民とはこんな程度にしか考えられていないのだと思いました。
戦争をしてはならない。
この夏も、その思いを新たにします。
孫子を戦場には送るようなことはしたくない。
みんながその気持ちを強く主張することが必要なのだと思います。
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