今日でお盆も終わり。
夫と祭壇を片付けました。用意した分だけ確実に撤去です(笑)。
日常に戻ります。
「また来年も来てね」は夕方送り火を焚いた時の言葉。
12年前の義父の時以来の新盆でしたが、世相を感じました。
私たちの時はどうなっているでしょうね。
人の見送り方が簡単になったということですね。
今回おりこうになつたこと。
おだんごの盛り方です。
なかなかきれいに三角錐に盛れませんでした。
そしたら、三角錐にしておいてから蒸すといいのだそうです。
目から鱗でした(笑)。
クッキングシートを敷いた蒸し器に、アルミ箔を三角にカットした上に積み上げたおだんごを蒸しました。
三角錐まで積み上げるという機会はそうはないでしょうが。
ハイとても自己満足しました。
「フーテン」さんの「どこかへいきたいなぁ」の8月12日のブログ「GDPでは分からない、その国の本当の豊かさ」は、この頃私の中でくすぶっていたことを、明確に教えてくれました。
東京の近代的もなビルを見て、新幹線に乗り、そして地方に行った折の、違和感です。しばらく前そのことを書きましたが。
赤字引用させていただきました。
その国が本当に豊かなのか・・・・田舎を見るとよくわかります。
都会にはお金も人も集まる。
高層ビルが建ち、立派な店が並び、新しいものが次々と生まれる。
そこだけ見れば、どこの国も豊かに見えます。
しかし田舎に行くと、その国が長い年月を掛けて何を蓄えてきたのかが見えてきます。
(中略)
何十年もかけて、その国が蓄えてきたストックです。
国の豊かさとは、フローではなくストックではないでしょうかと。
わが国も一極集中が叫ばれて久しい。
山間部は人がいない。
耕作放棄地がどんどん増え。鹿や猪やハクビシンなどを侵入をさせないため、耕作地を囲っている・・・・・なんかおかしいでしょう。
かつては、農業の傍ら工場に勤めて二足のワラジを履いていた人が多かった。それで食も守れていたのかもしれない。
高度成長期から、国内の工場が外国へ行ってしまい、農村部では働き口がなく、どんどん流出していった。
食料自給率がカロリーベースでも、また下がった。
結局、農村が豊かでないことと、食料自給率の低さは連動しているのだと思う。
東南アジア(あえて名前出しません)を訪れた時、その農村部の疲弊さにびっくりしたことがあった。みんな働きに都会にでていってしまったからと。
そして農業の働き手は周辺の島からくるのだと。
こんなことが起きているんだ。
日本が外国人の排斥をし続けていると、日本には外国人の働き手が来なくなるだろうな。
そのうち自分で食を作らねばならない時代が来るかも。
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