帰宅時、ラジオから流れた震度7にびっくり。
10年前を思い出します。その傷跡だって完全に癒えないでしょうに。被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。
それにしても大変な状況ですね。
私たちはテレビでいっぱい情報を得られるけど、被災された皆さんはこれを見ることもできないのですから。
何もない平穏な日が一番幸せなのだと改めて気付かされます。
5日も留守にしていたのに、1日置いてまたお出かけの私です。
「文化財に親しむ会」で埼玉県行田市にある「さきたま古墳群・忍城・利根大堰」
と盛りだくさんです。
幸いにも天気は曇り、先日来の暑さは鳴りを潜めてくれました。
この見学のことは後日にします。
5日留守にした我が家のドタバタのはじまりから。
名古屋から乗った新幹線は出た時は5分遅れでしたが、途中雨のため止まり、結局東京駅に到着したのは1時間遅れ。
当然その先乗る北陸新幹線は出た後でした。
それでも30分並んで、次の新幹線の自由席に座れました。
スーツケースとおみやげは、息子の車に預けたので空身でしたので楽でした。
夫と私は電車の都合で、決勝と表彰式は見ずに帰途に向かったのです。
準決勝に勝てたら、すぐ駅まで行ってキップの払い戻しを受けて、もう1泊しようかと相談していたのですが。
でも個人戦3位でも凄いことなのですね。
優勝できるのは8人だけなのですもの。
野球の甲子園と同じ、選手はこの大会にでることを目標に日々練習しているのですもの。
息子たちは表彰式にも出て、孫がいただいたメダルを監督の首に掛けた写真が送られてきました。
入学してから、1度は監督にメダルを掛けたいと思っていたのです。
あ~あ、書き始めるとここに行ってしまうハババカです。
なんせ、暑かったですね。
新幹線では震え、外では灼熱。
毎日汗びっしょり。
ホテルにコインランドリーの設備があったので、毎日お世話になりました。
おかげで、家に帰って山ほどの洗濯をしなくても良くて、夫はニコニコです。
これが解っていたら、荷物は半減できたのに。
今度はよく研究していこう(笑)。
帰って一番には、溜まった新聞のお悔やみ欄のチェック。
行く前に、見事に冷蔵庫の中を空にしていたので、まず冷凍庫から食べられる物を取り出します。野菜も牛乳も卵もありません。
留守の間の畑の収穫は弟に丸投げしていました。
とりあえず、その夜は寝ることを優先しました。
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